やばい、3月、すでに暑いぞ。
もう夏はすぐそこ。長い長い夏をどう生き延びるか、ウチナーンチュ(沖縄人)から智慧を学ばなくてはならん。
さて、我が家は栄町市場という、古びた市場の向かいに位置している。
このちいさな市場に観光客がくることはほとんどない。
昼間は野菜や肉やおばあ向けの衣料品、お惣菜や乾物を売る店が、なんとな〜くの時間になんとな〜く開き、オバアたちがボーとしたりお客とゆんたく(おしゃべり)している風景は、まさに東南アジアのアレである。
食材を買いに昼間に行くと、半分以上の店舗はシャッターを降ろしていて、もやしのひげ根をむしるオバア達のゆんたく場以外はしんと静まり返っている。
存続の危機を迎えている市場なのか。
そうでもない。
夜に訪れると、昼間とは全くの別世界が見られるのである。
3月のある週末、東京から友人が来たので、早速栄町市場で飲むことに。
1軒目「ぱやお」では、赤々としたマグロ刺身やドゥル天、フーチャンプルーなど、沖縄の恵みを漫喫。まだ12時前、さてもうちょっと飲みますか、ということで市場内をうろつく。盛り上がっている店はたくさんあるが、案外12時で終わるところも多くて、何軒か断られる。
毎日同じようなおじいがたむろしている、いかにもものすごい濃い水割りが出てきそうな店に空きがあるようだ。
ここの光景はまさに、常に同じ道端で缶ビール片手にどうでもいい立ち話をしているおっさん4人のアニメ、キング・オブ・ザ・ヒルのver.沖縄 である。
「まだやってますか〜?」と聞くと、店主らしきお姉さんとおっさんたちが揃って「いいよ何時だっていいよ!」
心強いお言葉に安心して着席。
常連のおじい達は、楽しそうに好き勝手なことを言い合っているが、決してやかましくはない。どこか弱々しい空気を醸し出す、これがウチナーンチュ。カピカピになって皿に張り付いている海ぶどうを、「これ、食べな〜」と手渡してくれる。面白いが誰も食べない。
一同、大詰めを迎えたオリンピックのスケートの試合に釘付けだが、「これどうなったら勝ちなの?」と、この場にいる人間誰ひとりとして、その競技を理解していない。一人だけ群れから離れて滑っている選手を見て、「こいつは無駄に飛び出してんだ」
まさかこんなうらぶれた南の島の酒場で、自分の命をもかけた勝負を「無駄」呼ばわりされているとは、彼女も夢にも思わないであろう。
東京からの友人2人は、以前まさにこの店に来たことがあるという。
住人より旅人の方がチャレンジ精神が旺盛というのは良くあることで、近所に住んでいると、気にはなるのに「あ、今日も満席だね」「今日は絡まれたくないね」なんて言い訳しながら通り過ぎてばかり。
このおっさん集団を一人で取り回す、チャキチャキした女店主みどりちゃんも、彼ら2人のことを覚えていた。「ああー!前に来たよねえ!」なんて言いながら、ちびろっくの「泡盛水割り、薄めで…」というリクエストはサッパリ忘れてジョッキ半分まで泡盛を注いだ。当初の想像どおりだ。ちなみに注文したサンゴ礁という泡盛をたまたま切らしていたらしく、「ちょっとサンゴ持ってきて!早く!ダッシュダッシュ!」と、逆側のカウンターで飲んでた客にどっかから持ってこさせていた。なければ他のでもよかったんですけど、どうもすみません…。
ジョッキ半分まで注がれた泡盛にすっかり萎縮したちびろっくを気遣い、トドマンが水を買ってきてくれた。「お冷ください」と言っても絶対に出てきそうになかったので、非常に有り難い。水をチビチビ入れながら、減らない泡盛を飲みつつ「俺カーリングは1日でマスターした」とか至極適当なことを言い張るおじさんにツッコミを入れてたりしたら、気づいたらキング・オブ・ザ・ヒルは全員消えていた。
全員、彼らの気配の無さに驚いた。さすが、自己主張をしないウチナーンチュである。
「早く帰った方がいいよ!とか俺に散々言ってたのに…」と、一人残された自称カーリングマスターのおじさんは、横浜から毎年春季キャンプを狙って沖縄を訪れているとのころ。
→結局関東の人間だけが残されたということがここで判明。
「君たちは…アレかい、バンドやってる?」
「やってません」
「じゃ、アレかい、アパレルか?ユニクロ?それかGUか。」
ただ単に、全員がサラリーマン風ではないという理由から、バンドマンもしくはユニクロ勤務もしくはバンドやりながらユニクロに勤務する4人組というレッテルを貼られる。
我々の誰一人としてバンドにもユニクロにも関わりはないが、どうでもよくなってきたのでそういうことにしておく。40歳、心はいつまでも18歳。
「ところでね、おでん屋に行ったら満席だったから、空いたら電話くれって言ったんだけどもう2時間経つんだよね。」
それもう絶対かかってこないでしょう……?
ここから徒歩1分のおでん屋「東大」は、焼きテビチ(豚足)で有名な店。
しかも夜9時半開店な上に焼テビチは注文してから1時間かかる上、予約もできず常に満席という、神に選ばれし者のみが入店できるという店。
2時間待ったからもうこうなったら朝まで待ってやると強がったおじさん、10分後には「やっぱりもう帰ろうかな」と弱気になりしまいには「みどりちゃん、買ってきてよ」と甘えだした。「自分で行かないとダメですよ」と当たり前に撥ね付けられたおじさんはやがて人に頼るのを諦め、「ちょっと様子見てくる」と、それでもやっぱり友人の1人と連れ立って店の様子を見に行った。
10分ほどして帰ってくると、ほんとうに、まだ空きが出ないとのこと。
しかも友人が言うには、「寝てる人がいましたよ」
いやいや、寝るとかそういうことは、家でやってくれよ!
と突っ込みそうになってハタと気づく。
まさか、待ちくたびれて………?
果敢に催促をするもしばらく空きそうにないのは事実らしいので、こうなったら朝まででもトコトン待ってやろうじゃないかという気になる。
知らないおじさんの、「おでん屋に行きたい」という意地に、少なくともここにいる大の大人4人が加担しようとしているというこの事実を客観的に見ると、大変ばかばかしいことこの上ないがしかし、久々に会えた友人達と過ごすほろ酔いの夜は、こんなばかばかしいことも許容してしまうある意味心の余裕を生み出す。たとえ友人2人が今朝5時起きで那覇に来て明日の朝の便で鹿児島へ向かうという状況だとしてもだ。
しばらくまた、内容を覚えてもいない会話を楽しんだ後、おじさんは再度、今度は一人で様子を見に行った。誰もがスッカリ疲れ、そろそろ帰るかと心を帰路にむけようとしていたその時、10分ほどで戻ってきたおじさん、「5人入れるみたいだけど行く?」
えっ今更…………!?
こんがり焼いた豚の足なんてゴテゴテしたもの、夜中の1時に全然食べたくはないが、今後いつ行くチャンスがあるかわからないおでん東大。いやたぶんきっと絶対行かない。このプロジェクトを最後まで見届けたい。そして一番リスクを背負うことになる友人2人は案外嫌そうではない。試しについて行くことにした。
市場を出てすぐのところに店を構える奴さんは、どっからどう見てもひなびたスナックで、間違っても一見さんがフラッと入ることはない。
入り口に貼られる数々のステッカーやチラシに紛れて、
午後9時半頃開店します
午後8時以降18歳未満立入禁止
そう、
ここは大人のみが入ることを許された、大人の試練の場なのである。というかどのみち、サラッとした感じの最近の若いのが、せっかくの貴重な夜と大して持ち合わせていないやる気を、いつ空くともしれない場末のスナック風な店で豚足を食べるなんてことに費やすことはないだろうから、「えーー!俺ら東大の焼きテビチ食えないの!!」とがっかりするティーンエイジャーはまず存在しないと思う。
さてドアを開けてもやっぱりひなびたスナック風。
想像通りのゴッチャゴチャした店内はしかし、カウンターを抜けた先に座敷を有し、案外広い。その一番奥に通される。
先程のみどりちゃんのような、チャキチャキ系ねえねに泡盛と、本来のこの店のメインディッシュである普通のおでん等を適当に注文。ここからが、長いのだ。ここからが。
焼きテビチはサイズが選べるが、「大?ふたつ?」とねえねに伺いを立てると、「絶対多すぎ」とのことなので、1つにする。1100円。
この時点で午前1時を過ぎているので、なかなか眠いし、なにせ会話の内容も大したことではないので覚えていないため、詳細は割愛する。
ちなみにあまりイメージはないでしょうが、沖縄のおでんはおいしいのである。
玉子や大根など本土でおなじみの具に加え、青菜、沖縄風かまぼこ、テビチ、ソーキ、もずく等、沖縄でおなじみの具が加わり、サッパリ鰹出汁で煮る。ちびろっくは初沖縄の初お夕飯がおでんで、そこからあまり興味のなかった沖縄料理がスッカリお気に入りになったのであった。
ここのおでんもおいしかったがしかし、気がつけば本当に入店して1時間が経過しているのに焼きテビチはまだ出てこない。事情を知らない人間なら勇気を振り絞って「頼んだんですけど…」とねえねに催促をしてしまうであろう遅さである。
一番大きいテーブルに陣取った集団は、ワイワイと楽しそうに飲んでいたが、件のものが来るやいなやハイエナのように群がり食い尽くすと、サッパリとした顔でお勘定を済ませ店を出ていった。慣れた連中だ。
その奥の3人組のうち、壁際のおねえちゃんは、まるで手練の暗殺者に首を折られて即死したかのような姿勢で座ったまま熟睡している。時折隣の男性が揺り起こしてみたりもするが、本当に死んでいるように微動だにしない。
我々の隣の、B-boy崩れの3人組は、まだ2名が生き延びている。
そしていよいよ、我々の元にあいつが登場。
でっか。
失敗したアップルパイ(ホール)のような巨大な茶色いカタマリ…。
「何かの間違いでは…」と言いかけたちびろっくにチャキチャキねえね、「間違いじゃないよ!」
似たようなリアクションを耳が腐るほど聞いてきたのであろう。むしろ楽しんでるのかもしれない。サド?
いずれにせよ、こんな茶色いもの、夜中の2時に食べちゃダメ、絶対。
豚足を、油たっぷりのフライパンに押しつぶして1時間すると出来るこれは、不思議なことに、ペロッといけてしまったのである。5人で。正確に言うと1人はほとんど意識を失っていたので、4人で。
カリカリで、トロトロで、確かにおいしいねこれは、では行くかと意識を失っている友人を起こしてお勘定。そして我々の次にこの焼きテビチを食べるであろう、隣の席を見ると、3人全滅していた。
ハッとそのうちの1人が目覚めた。帰り支度をする我々を一瞥し、「食べたんですか…すごいすね…」とよく意味のわからない一言を発した。君らの元にも、もうすぐあいつが届くぜ。グッドラック。
そして隅っこで首が折れているみたいになっている女性はまだ首が折れたまま眠っている。
まるで…戦場じゃないかここは…。
そのものの美味しさよりも、この熾烈な戦場を、懐かしい友人+知らないおじさん という、運命のイタズラ以外の何物でもないメンツで経験できたということ、これがこの夜の一番の収穫である。
平たく言うと知らないおじさんに付き合ってなんとなく焼いたテビチを夜中に食べた、だが、人間万事塞翁が馬、一期一会、事実は小説よりも奇なり、なんて故事が心にうかぶ。思い出せば思い出す程、妙な夜だった。
そしてもう二度とこのテビチを食べることは無いであろう。ありがとう東大。さよなら東大。この投稿を読んだ後にこの試練の場に挑もうと思った狂人のために、情報をここに記す。
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